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コラム「17年前の今日(12月15日)」

1993年12月15日、駒場スタジアムで行なわれたJリーグの最終節で、浦和レッズはガンバ大阪に2-0で勝利した。
レッズはこの年、第1ステージ、第2ステージ合わせて36試合で8勝28敗。Jリーグの他の9チームに対し、横浜F、名古屋には0勝4敗、V川崎(現東京V)、清水、広島、横浜M、市原、鹿島には1勝3敗。唯一、G大阪だけには2勝2敗となった。また8勝の内訳はPK勝ちが2試合、Vゴール勝ちが2試合、90分での1点差勝ちが3試合で、2点差での勝利はこの最終節だけだった。
G大阪とは1993年5月16日、Jリーグ開幕戦で顔を合わせ、0-1で敗れた。押し気味に進めていた試合だったが、前半29分にワンチャンスを決められた。G大阪の得点者は、2010シーズンの途中から神戸の監督を務めている和田昌裕氏だった。
この試合で攻撃の中心、柱谷幸一(現レッズGM)が負傷、次節から10試合の離脱を余儀なくされた。チームは開幕から4連敗し、第5節でV川崎からようやく初勝利を挙げた。第1ステージは3勝15敗で終了した。
第2ステージは第2節で横浜MからPK勝ち。さらに第3節でG大阪に勝ち初めての連勝と、波に乗りかけた。そして第4節は名古屋を相手に開始30秒で先制したが、その後4点を失い逆転負け、そこから9連敗を喫した。
しかし第13節で市原(現千葉)にVゴール勝ちして連敗を止めて、終盤は踏ん張った。12月11日には天皇杯2回戦で横浜Fに逆転負けし、文字どおりシーズン最後の試合となったリーグ最終節。レッズは終始、ペースを握る試合運びで前半、後半それぞれ1点を挙げ、完勝。ステージ5勝目を挙げた。得点者はいずれも水内 猛。
これまでどの相手ともひたむきに戦いながらなかなか勝利がつかめなかったが、この日は選手の戦う気持ちが結果にも反映した。
試合が終わると森 孝慈監督を始め、コーチ、選手、チームスタッフが場内をゆっくりと一周。スタンドからは「来季こそ頑張れ!」という励ましの声が飛んだ。選手たちも巻き返しを誓った。
Jリーグが始まり、サッカークラブは、みんなを幸せにするために存在すること、浦和レッズにはその使命があることを多くの人が確認した1993シーズンが終わった。苦しいことが多かったが、チームとサポーターが一つになって真っ直ぐに戦うという、レッズの原点となるシーズンだった。

【浦和レッズオフィシャルメディア(URD:OM)】

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