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コラム「11年前の今日(7月21日)」

2001年7月21日(土)、浦和レッズは第1ステージ最終節のサンフレッチェ広島戦に3-1で勝利し、小野伸二をオランダへ送り出した。
1998年にレッズ入りした小野は、たちまち攻撃の中心を担う選手となり、Jリーグの新人王とベストイレブンをダブル受賞する活躍ぶり。日本代表としても、その年開催されたFIFAワールドカップフランス大会に出場した。
チームがJ2で戦った2000シーズンはキャプテンとしてチームを引っ張り、2001年は再びJ1の場で輝きを見せていた。しかしオランダの強豪・フェイエノールトへの移籍話がまとまり、クラブもこれを了承。第1ステージ限りでレッズを離れることになった。
ホーム・駒場スタジアムでのファン・サポーターへの挨拶は、1週間前の7月14日(土)、第14節のジェフ市原戦。1-1で迎えた後半2分、自らのFK直接ゴールで勝ち越し、ホームラストゲームに華を添えた。
日本での最後の試合となったアウェイでの広島戦。レッズはここまでリーグ戦6勝1分け7敗と負け越していたが、小野が大活躍。前半24分の永井雄一郎の先制ゴールをお膳立てすると、1-1に追いつかれた後半21分、ドリブルで広島陣内に切れ込み、DFに当たったこぼれを田中達也が決めて勝ち越した。さらに33分、達也の2点目をアシストし、チームを3-1で勝利に導いた。レッズは第1ステージを7位で終えた。
この試合、小野はFWの位置で先発したが、自分自身の得点でなくアシストに徹したところや、この年レッズに新加入した達也が2点を挙げたことなど、まるで自分がいないレッズの今後の健闘を小野が祈っているようだった。
試合後、「オノ・シンジ」コールが広島ビッグアーチに響き渡り、笑顔でそれに応えていた小野伸二。翌日、オランダに向けて飛び立った関西空港にも約100人のサポーターが最後のお別れに駆け付けた。
1週間前の駒場スタジアムで、サポーターが大横断幕に書いた「世界に輝け伸二」という言葉に励まされた、と語った小野だったが、これから10か月もたたない2002年5月8日、小野はフェイエノールトの中心選手として、UEFAカップ優勝という快挙を成し遂げ、その言葉を実現したのだった。
【浦和レッズオフィシャルメディア(URD:OM)】

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