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OTSUKI TSUYOSHI

ホームで闘う意味をかみしめ
全力でFC東京を倒しにいきます

みなさん、こんにちは。

先週、土曜日に行われた横浜FC戦は、非常に残念な内容と結果に終わってしまいました。
リーグ戦の後半に入って最初の試合であり、今季一度対戦している相手ですから、特徴を考えた準備はしていました。試合の入り方も悪くはなく、チャンスも作っていたと思います。しかし、ミスから失点してしまいました。ミスは起こりうることですが、それが失点につながらないように全員でカバーすることができるはずです。ミスが重なってそれができなかったことがまず残念です。
また2失点目に関しては、こちらに負傷者が出て治療中だったわけですが、数的不利のときに相手の攻撃を受けたら、どうするかというのも状況に応じて対応し、それを全員で共有しなければなりません。

横浜FCは前から取りに来る形も持っていますが、基本的に自陣でボールを大事にするチームです。その相手に2点を先行されて難しくなりましたが、後半から布陣を変えて反撃を試みました。3点目を取られれば決定的になってしまいますから、それ以上の失点は絶対に避けながら、まず1点を取れれば状況は変わると思っていました。最後までゴールを目指しましたが、守り切られてしまいました。ホームで1点も挙げられず負けてしまったことは非常に悔しく、ファン・サポーターのみなさんに申し訳ない気持ちでいっぱいです。

ゴールへ向かう際に、相手陣内でボールを奪ってまだ相手の人数が少ない場合と、相手がブロックを作っていて我々が自陣からビルドアップするときでは、攻め方が分かれます。当然、前者の方がゴールになる確率は高いのですから、そのときにしっかりと得点に結びつくように、プレーの質をさらに上げていきたいと思います。ほとんどの試合で早い時間に大きなチャンスを作っているのですから、まずそこで先制することを目指します。
そのためには、先に失点しないこと。特に簡単に失点しないことが重要です。ミスをしないことが大事ですが、万一ミスが起きてしまったら全員がカバーすることでゴールは許さない、という姿勢を打ち出していきます。
相手が構えているところを崩すのは簡単ではありませんから、さまざまな連動した動きが必要になります。そしてプレーの精度も高めていかなければなりません。再開したころに比べれば、マイボールのときに起こすアクションの回数と質がかなり良くなっていますから、これを続けていって相手の守備をこじ開けるようにしていきます。セットプレーからのゴールも徐々に出てきましたから、これをさらに増やしていきたいと思っています。

本来、連戦の中でも有利なはずのホーム3連戦の初戦で、横浜FC戦のような試合をしてしまったことが、繰り返しになりますが残念でなりません。
本日は、その4日後に同じホームで、本来の戦いをする機会だと思っています。
今日の相手、FC東京との前回の試合も、自分たちのミスから失点したのですが、相手にはそういう場面を逃さない能力の高い選手がいます。今日は、それぞれの局面でも、試合結果でも勝つために全力を尽くしますし、埼玉スタジアムで、ファン・サポーターのみなさんの前で、後押しを受けながら戦うということの意味を、もう一度かみしめて試合に向かいます。
浦和レッズがお見せするべき戦いの姿勢をしっかりと出した上で、相手を倒したいと思います。

大槻 毅 おおつき つよし
1972年12月1日 宮城県仙台市生まれ

筑波大学からソニー仙台FC(JFL)入りし、選手としてプレーした後、指導者の道へ。宮城県富谷高等学校サッカー部監督、筑波大学コーチ、水戸ホーリーホックコーチ、大宮アルディージャコーチを経て、2004年から浦和レッズ強化本部スタッフに。06年から10年まではコーチとしてリーグ優勝やACL制覇に寄与した。11年はベガルタ仙台のヘッドコーチを務め、12年から浦和レッズ強化部スタッフに復帰。13年から浦和レッズ育成ダイレクター兼ユース監督を務め、18年4月2日、トップチームの暫定監督に就任した。監督在任中はリーグ戦3勝1分け、ルヴァン杯1勝1分けの無敗で、オリヴェイラ監督にチームを引き継いだ。その後19年3月までヘッドコーチを務め、同年5月28日、1年1ヵ月ぶりに浦和レッズの監督に任じられた。今季も引き続き指揮を執る。

Will to Win

一人ひとりがハードワークし
チームとしてやるべきことを徹底して

○8月19日のG大阪戦の後、ケガで欠場。清水戦はベンチ入りし、横浜FC戦で8試合ぶりに出場した。後半開始から右サイドバックに入った。

「球際のところや一つひとつのプレーのところが少し緩かったのかなと思いましたし、相手がそういう部分を逃さずゴールを決めてきたと思います。
横浜FCのようなパスをつないでくるチームに先制されると難しいというのは正直あります。0-1ならまだしも、2点差になったのでより難しくなりました。1点差のままであの後方からつないで来るサッカーをするのはかなりリスキーですから、こちらもチャンスが作れたと思いますが、2点差になって後半は相手に余裕が出てしまいました」

○試合後のリモート記者会見で「リーグの残り半分で、もう一度自分たちが原点に帰る必要があるんじゃないか」と語っていたが、宇賀神の言う「原点」とは何だろうか。

「横浜FC戦でピッチに入ってあらためて思ったことは、たとえばサイドバックとサイドハーフの関係性について、片方がこう動いたら片方はこうする、ということが今季は非常に徹底されていたのですが、ここ数試合はそこが徹底されていない感じで、ピッチを小さく使っているというか、相手があまり怖がらないだろうなと、見ていて思いました。
この連戦で疲労が溜まってきて、クオリティーが少し下がるとか、今まで行けていたところに行けなくなるということがあるでしょう。それでもやるべきことをみんなですり合わせていかなければならないと思います。
大槻監督は最初に就任したときから、正しいポジショニングを取る、ということをずっと言ってきています。シーズン初めはやれていたことが、少しずつズレてきていると思うので、そこはもう1回みんながやらなければいけません。
守備にしても、全員で前から行くときなのか、ブロックを作ってから追いかけるのか、ブロックを作って相手にボールを持たせるのか、時間帯や状況によっていろいろなやり方を統一してやってきたときは、良い結果が出ていたと思います。
内容はあまり良くなくても自分たちが勝てていたときは、一人ひとりがハードワークしながら、チームとしてやるべきことを徹底していたと思います。そこが、自分たちが帰るべき原点なのかな、と思っています」

○左右どちらでもできる宇賀神の復帰でサイドバックのポジション争いがまた激しくなった。本人は「今はすごく良い状況で切磋琢磨し合えて成長できる状況だと思っている」と語っている。

「今季は特に自分の出場回数は減るだろうと思っていましたが、チームが苦しいときに先発して連勝(広島戦、G大阪戦)したというのは、自分の価値を示せたと思っています。自分が抜けている間、山中(亮輔)選手や岩武(克弥)選手が試合に出て結果を出しているというのは、良いサイクルだと思います」

○若手の台頭と共に、同年代の槙野や柏木らの活躍も刺激になっているはずだ。

「僕は同年代の彼らには負けたくないとずっと思ってやってきています。ですから今季も槙野や(柏木)陽介が活躍するのを見て、負けてはいられないという気持ちになりますし、同時に彼らと一緒に試合に出たいという気持ちが強いです。そうすればしっかりとチームの力になれる、という自信があります」

○FC東京は、宇賀神にとってプロデビューした2010年、記憶に残る相手だ。

「そうですね。プロデビューした年のホーム開幕戦で自分が結果を残して初勝利したときの相手ですし、東京とはこれまでずっと壮絶な打ち合いを展開してきました。相手のGK(林 彰洋選手)も(流経大の)同期ですし、負けられません。
今はしっかりと守備から入って、一つひとつのクオリティーを上げていき、全員がチームとしてブレずにやるというのが一番だと思います。自分が出たら、そういうところのスイッチを入れたいと思います。選手たちも横浜FC戦で不甲斐ない試合をしてしまったと実感しているはずなので、しっかりとファイトするところをお見せしないといけないです」

攻撃の起点になる縦パス
これからも狙っていく

○清水戦では4試合ぶりの先発で、今季初めてのボランチだった。ボールに絡むことが多かったからか、相手のファウルを受ける場面が目立った。

「途中出場でボランチをやることもありますし、練習でやることもあったので、そこまで違和感なく、周りの選手ともコミュニケーションを取ってやれました。
ボランチの仕事として相手をつぶすべきときはしっかりとつぶすということがありますから、フィジカルコンタクトは多かったと思います。相手には、ブラジル人選手をはじめ身体の強い選手が多かったですが、ファウルを受けても踏ん張るべきか、そのままファウルをもらうかは試合の状況によって判断していました。かなり倒されたように見えたかもしれませんが、ケガはしないように気を付けていました。
個人としては4-4-2のボランチで長い時間出場することが今季なかったので、そこは感覚をつかめましたし勝利にも貢献できて良かったです」

○後半14分、相手のセットプレーからのカウンターで、相手2人を抜き去ると、すかさず前線のレオナルドにスルーパスを通し、興梠の得点につなげた。

「相手がボールを持っている状況だったと思いますが、相手のパスが少し曖昧で奪えると思いましたし、相手の身体の向きから考えて置き去りにできると瞬時に判断しました。うまく2人の間を抜けられたと思います。
試合前からレオとは、あのような縦のくさびのパスを出してくれと言われていましたし、僕も狙うと言っていました。そこの意思の疎通もあって、彼も良いところで待っていましたのでうまくつながりました。
パスが通った時点では、距離はあってもGKとほぼ1対1の状況でしたから、レオがどう仕留めるかということに注目していました。しかし相手も追い付いて足を伸ばしてきたので、そこでレオが落ち着いて判断を変えましたし、あのような1対1の状況でも、しっかりと走って2対1の状況を作りに行く慎三さんもさすがだな、と思いました。
清水の他のDFが慎三さんを追いかけていなかったのは、レオがGKと1対1だったのでもう無理だと判断したのかもしれません。こちらが逆の立場になったときには、最後まであきらめずに追わなければなりません。そういうところが勝負の明暗を分けると思います」

○今季、守備から攻撃に移る際、長めの縦パスが決まらずチャンスを作れないシーンが少なくない中で、素晴らしい展開だった。

「ああいう相手の守備が手薄なタイミングでは速く攻めることで得点の確率は高くなります。そこはいつも狙ってはいるところですが、こちらが守備に追われる時間が長かったり、相手がしっかりと守備を組織していたりして、守から攻に切り替わったときに、うまく縦パスがつながらなかったということが今季はあったと思います。しかし、これは狙い続けていかないといけません」

○横浜FC戦はベンチスタートだった。見ていた感じたことは。

「簡単に失点してしまった感じでした。もちろん相手のプレーの精度が高いからゴールが決まったのですが、こちらとしては改善できる部分はあるとは思います。
起きてしまったことは仕方がないので、そこからいかに立ち直るか、チームとして選手同士が団結してやっていくかが大切になってきます。後半はこちらがボールを持つ機会が多かったですが、あそこでしっかりと崩していかないといけませんでした」

○後半39分、珍しい右サイドバックで途中出場した。

「2週間ぐらい前から練習でやることがありました。ずっとやってきたポジションではありませんが、機会があればそこでも自分の良さをしっかりと出したいと思っていたので、準備はしていました。
試合状況が、ゴール前を堅く守っている相手をどう崩すか、という展開だったので、前のマルティノス選手との連係もあって、チャンスメークする場面もありましたが、そこでしっかりと点につなげるという仕事をしないといけません」

○前回のFC東京戦でも途中出場していた。

「FC東京は順位も上ですし、個人の能力も高いチームです。まずはしっかりと身体とメンタルの回復に努めないといけませんし、多くの選手が中2日、中2日とやってきた中でメンバーもまた変わると思いますが、試合に出る出ないに関係なく、チームが一丸となってポジティブな雰囲気を作っていくことが大事だと思います」

○この試合まで入場者の上限が7,000人、次の名古屋戦からは18,000人に上限が広がるという状況だ。

「ホームで多くの声援を受けて、多くのサポーターの後押しを受けて戦うというのは選手としては非常にうれしく感じます。
しかし、まだまだ予断を許さない状況なので、クラブがしっかり感染防止対策を採って、この入場者増でネガティブなことが起きないように、より完全なJリーグの復活を目指すための努力をしたいです」

1人目、2人目だけでなく
3人目、4人目の動きを共有したい

○横浜FC戦では右サイドハーフで先発し、後半開始からボランチにポジションを変えた。

「後半、自分は真ん中でプレーする選手だとあらためて感じました。プレーして、自分がボールを何度も触ってリズムを作る、それによって自分のリズムも上がっていくということもすごくありました。ただ、リズムが出たとはいえ得点に絡めなかったので、そこは課題として捉えていかないといけないです。0-2の状態から1点でも取って、チームとして『いくぞ!』というところまで持っていけるのができる選手だと思っているので、まだまだ足りないなと感じています」

○今季、ボールを握ったときに攻撃の起点になるパスがなかなか出ない、あるいは出てもうまくつながらないシーンが多い。

「ボールを取った後、縦に入れるということに関しては少し上がってきたというか、その姿勢はすごく高くなってきていると思いますが、そこからの質をもっと求めないといけません。全体的に前で気を遣いながらやっているのではないかと思います。
僕としては、もっと人のために動くということがチームとして足りないのかなと思います。ここを空けることによって違う人が空く、ということが必要なのかなと思います。『自分が点を取りたい』とか『ここでボールが欲しい』ということが徹底されている感じがあります。僕は、自分が点を取りたいというよりもチームがどうしたらうまく点を取れるかということを考えているので、1つ2つまではいけますが、3人目4人目の動きをみんなで共有していかないと得点するのは難しくなると思います」

○今季は連続して試合に絡むことがない。

「以前は順調に試合に出られていて、こういう経験をすることがなかったので非常にもどかしい気持ちもあったりしました。誰もが通ってきた道だと思っていますが、自分はまだまだ負けていないという気持ちを持って日々、練習にも取り組んでいました。1つ試合をすることによって身体が締まってきましたし、自分の中でフィットネスがすごく上がってきました。
試合の結果は出ていませんが、川崎フロンターレ戦の前半にしろ横浜FC戦にしろ、自分の中ではもっともっと良くなるという感覚が出てきています。これをチームの結果につなげられるように全力でやっていきたいと思っています。常にスタメンで出ることは難しいかもしれませんし、それは監督がどうするかということになると思いますが、自分が出たときには必ずチームのために今、自分ができる100パーセントを出し切っていきたいなと思っています。
この経験がまた今後の自分の糧になってまた成長できると思っていますし、苦しい状況ですがまた成長してチームのために、チームに貢献できるように、浦和レッズのためにやっていきたいと思っています」

自分ができる仕事を全力でやり
チームに貢献したい

○9月13日の札幌戦で12試合ぶりに出場。後半10分に途中出場すると、後半30分の槙野の同点ゴールの際には汰木の左クロスをゴール前で相手GKと競り合い、アディショナルタイムには右サイドで相手DFと駆け引きして深くえぐり柴戸へ絶妙のラストパスを送った。

「槙野選手のゴールのときは、ボールには触っていません。自分がGKの前に入ったのでパンチングできず、こぼれたところを槙野選手が押し込みました。チームの得点のときは誰が決めても気持ちが高揚します。
柴戸選手のゴールのときは、ものすごく満足感がありました。自分の存在意義を示せたことはすごく良かったです。大事なアシストになりました」

○今後勝ちを増やしていくためには必要なことは何だと考えているのか。

「本来であれば、決まった11人が先発していけば、もっとオートマチックなコンビネーションなどリンクする部分が増えていくでしょう。しかし今は毎回のようにメンバーが替わりますから、リンクする要素が減っています。その第一の要因はこのハードスケジュールです」

○札幌戦の後、直接ゴールへの絡みはないが、毎回途中出場して楽しみな動きを見せている。昨季までは左サイドでもプレーしていたが、今季は右が多い。

「今のところは右サイドの方がやりやすいです。シンプルなストライカーがいれば、左サイドからクロスを上げるというわかりやすい仕事があるのですが、今はそうではないので、右サイドでシュートも狙えるようなプレーを心掛けています。
FC東京は、カウンターがものすごく鋭利なチームなので、そこには気を付けないといけません。自分が出場したら、できる仕事を全力でやってチームに貢献したいです」

「いつも同じく高いクオリティーのピッチを」
「数々のタイトル獲得に立ち会えた」

~退職する埼スタのグラウンドキーパー、輪嶋正隆さん


☆埼玉スタジアム2002が完成してから今年でちょうど20年目。2002年ワールドカップではグループリーグ3試合と準決勝、計4試合を行い、その後はレッズのホームスタジアムとして定着し、近年は天皇杯、Jリーグカップ、高校選手権など多くの全国大会決勝でも使われてきた。05年、09年、13年、16年にはJリーグベストピッチ賞を受賞している。その20年間ピッチの芝を管理してきた輪嶋正隆さん(65)が9月30日(水)で退職する。浦和レッズをはじめとするJクラブ、日本代表、若い年代のチームが栄冠を獲得し、数万人の選手が汗を流してきた埼スタのピッチ。そのすべての試合の準備をし、メンテナンスを行ってきた輪嶋さんに話をうかがった。

(聞き手:清尾 淳・MDP編集長)

☆輪嶋さんは、埼玉スタジアムが完成した01年に、芝の管理のために着任されたのですね。

「98年からそれまでは大宮公園サッカー場の芝を管理していました。埼スタの建設途中に何回か来たことがあるんですが、ピッチと屋根が非常に近くて、果たしてこの環境の中で、まともに芝が生きるかどうか、ということを直感的に思いました。
当時、サッカー場の芝とはこういうものかというのを何となくはわかっていたんですが、大きな屋根のあるところは初めてですし、始まってやってみないとわからないところがありました。漠然と難しそうだというのはわかっていましたが、それがどんな現象になるかはわからないので、非常に不安でした」

☆01年10月13日にJリーグ・浦和レッズvs横浜F・マリノスがオープニングマッチとして行われ、11月7日に日本代表vsイタリア代表の親善試合がありました。そのころは芝が翌年のワールドカップに間に合わないのではないか、という声も出されました。

「ワールドカップという大きな大会を迎える前に、交通の問題やお客さんの動向などをある程度把握しておく必要があったので、あの時期に埼スタで試合をすることもやむを得なかったと思いますが、振り返ってみると芝がまだ子どもの時期に大人の仕事をさせたようなイメージがあります。
翌年の春には根も充実して葉の密度も上がり大会は問題なく行えるだろうという確信はあったのですが、それが実証されているわけではないので100パーセントの確信ではありませんでした。当時は新しくできたどのスタジアムも、その施設での芝生の管理手法を手探りで模索していたと思います。
02年、03年と経るうちに我々もここの芝草の生育の挙動というものがわかってきて、05年にはJリーグのベストピッチ賞をいただきました」

☆05年9月から06年をまたいだ07年4月まで、レッズは25試合連続ホーム不敗というJ1記録を打ち立てています。その中で06年にはリーグ優勝を果たしています。これは埼スタがベストピッチ賞を受賞するほどの良い状態だったことと、無関係ではないと思います。

「いつも同じく高いクオリティーのピッチを提供することを目指してきました。ホームの利というのは、いつも状態が変わらないからやりやすいということだと思います。メンテナンスの手法の中で、極端に直近の状態と変えるということはしていません。変えるにしても期間をかけて徐々に変えていきます。だから毎試合ホームで使っているレッズの選手たちにとって違和感なくプレーができたのではないかと思います」

☆20年間で芝管理の技術は発達してきたのでしょうね。

「Jリーグが始まって30年近く経ち、ワールドカップが日本で行われて19年経ちます。以前の国立競技場の芝は黄色かったという話が出ますが、そういう時代から、芝がエバーグリーンで、ヨーロッパと同じようなクオリティーを保っているというのは、やはり大きな試合をいくつも経験してきたこと、振り返ると我々と同じ仕事をしている者同士の横のつながりがあって全体的に高いクオリティーを提供できているのではないかと思います」

☆他の競技場の芝管理者と情報交換しながらも埼スタ独自の取り組みのようなものもあるのですか。

「埼スタの芝がある程度良い状態を保てているというのは、我々が作業する上で、機械的なダメージを芝に与えるものを極力排除しているからです。たとえば他のスタジアムでは芝を刈るのにタイヤが3つ付いている大きな機械を使っていますが、そうすると同じところに重量が集中して、負担がかかってしまいます。埼スタでは、タイヤが付いていなくて全面ローラーになっている、ゴルフ場のグリーンを刈る小さな機械で刈っています。そうすると重量が均等に分散されます。それをいち早く採用しました。
あとは、液体の肥料や薬剤を散布するときも大型の機械を中に入れず、人工芝の部分にタンク車を置いてそこからホースを伸ばして手作業で散布しています。なるべく芝に作業面でダメージを与えない方法があるなら、そちらを選択しているということです。その上で無駄なものを省いていって、より効率的なメンテナンスを行っています」

☆Jリーグ発足以降、芝のグラウンドというものがクローズアップされて、グラウンドキーパーが注目される職業になってきたのではないですか。

「何年か前までは『弟子にして欲しい』とか『就職したい』という問い合わせがありましたが、ここ2年ぐらいはないですね。大学に求人を出してもなかなかいないです。
たとえば大学などで、芝草なり草地なり造園なりを専攻しても卒業するときにタイミング良く、たとえばワールドカップの試合ができるような大きなスタジアムに就職したいと思っても、なかなか空きがないというのが現状だと思います。
あとはグラウンドキーパーの雇用のされ方もいろいろです。ほとんどのJリーグのスタジアムは自治体が所有していますが、埼スタのように、件の外郭団体が直接芝も管理しているところは少ないんです。多くのスタジアムが民間の造園会社なり芝の管理会社に外注しています。ですから、その民間会社に芝を管理する担当者がいて、その方がそのスタジアムのグラウンドキーパーということになります。そこもそれほど多くの雇用があるということはないでしょうね」


☆レッズのシーズンで思い出に残るものはありますか。

「ワシントンやポンテがいる時代は鮮明に覚えています。自分はサッカーがよくわからないなりにも、足もとを見ているだけで得点の予感がするような気がしました。これがサッカーの醍醐味なのかなと思いました。
私はアップから始まって試合中は選手の足もとしか見ていない状況です。ただ漠然と見ているのではなく、どの時間帯にどの場所がどういう大きさで傷んでいるか、コーナーキックやゴールキックをどこで何本打ったかなど15分刻みにデータを記録しています」

☆レッズはリーグ戦(06年)に始まり、Jリーグカップ(16年)、天皇杯(18年)、ACL(07年、17年)と、日本のクラブが獲れるすべてのビッグタイトルを埼スタで獲得してきました。

「私は働き始めてから約半分を埼スタで過ごしてきました。考えようによっては自分が作った作品の上で、記憶に残る選手たちが数々のタイトルを獲得しているわけです。レッズだけでなく、日本代表がワールドカップ出場の権利を獲得したりしています。そこに立ち会えたというのは私の人生の中でも大きなことだと思います」

☆特にACLでは2回優勝していますから「埼玉スタジアム」の名はアジアに響いているでしょう。

「以前、ACLで中国や韓国のクラブが来たときに、芝を管理している人も帯同していて話をしたことがあります。『我々の国にはこんなに素晴らしいピッチはない』と言っていました」

☆昨季まで天皇杯やJリーグカップ、高校選手権の決勝など、権威のある試合も多く行われていました。仕事のやりがいもひとしおだったのではないですか。

「どの試合だからどうということはありません。プロでも高校生でも、決勝でも常に同じセッティングです。試合が終わればいつもと同じ整備をし、試合が近付けばいつもと同じ準備をします。それが芝を管理するときのリズムなんです。常に精度のブレ幅が少ないような形でメンテナンスをしようというのが目標の1つです。そして我々が作ったピッチの上で選手たちがケガなくプレーしてくれるのがまず一番の喜びなんです」

☆日程がタイトになるとどうですか。

「ここまでやりたいけれど、日程がないから断念せざるを得ないということはあります。その場合、何を優先するかというのは、自ずと決まってきます。芝の補修が一番大事なことで、大きな傷は優先的に直す。他の傷もできるだけ直す。それでも直しきれない場合は平滑感を保つために砂を入れて平にするということをやっています。


☆9月30日が最後の勤務とうかがいましたが、そのFC東京戦を挟んで中3日の3連戦ですね。

「そうなんです(笑)。幸いこの時期は気温も低くなって種を播く時期でもあり、多少悪くなったとしても次の試合ではだいぶ回復が早くなると思います。タイトなスケジュールは選手にとっても大変ですが、我々にとっても大変です。特に今年は梅雨の長雨と、その後の暑さが厳しかったです。02年や03年に今のような気候でこの試合日程が組まれていたら、おそらく頭を抱えていたと思います。しかし18年以上の経験があって、引き出しがいくつかありますから、楽ではないですが、こうすればこうなるだろうというものはあります」

☆本来であれば東京オリンピック・パラリンピックが開催されており、埼スタもサッカーの会場に当たっていました。

「それは非常に残念です。私の埼スタでの仕事は、ワールドカップに始まり、東京五輪に終わるはずだったのですが、世の中何が起こるかわかりませんね。ただ来年、五輪があれば何らかの形でかかわりたいと思っています」

☆輪嶋さんの経験は財産として蓄積されているのでしょうか。

「輪嶋イズムというものは継承されていると思います。しかし部下と一緒にいた時間は長くないんです。長いか短いかは感覚の問題で、7年も一緒にいたとも言えますが、7回の夏しか一緒に迎えていない、とも言えるんです。あとは、その7年の間に蓄積した輪嶋イズムというものをどういうふうに生かしていくかというのは、その人の生い立ちや経験、個性に関わってくると思うんです。
私自身も01年には、埼スタの芝の挙動がまったくわからないまま始めて、今があるわけですから、失敗から学ぶという言葉もあるように、ある程度苦い思いをしないとわからないこともあると思います」

☆20年間、お疲れさまでした。これからもご活躍ください。

「お世話になりました。ありがとうございます」

Tobe Tobe REDS 跳べ跳べレッズ

清尾 淳 せいお じゅん

2ヵ月半前と4日前の借りをダブルで返す
選手たちは、その闘志を見せてくれ

FC東京が初めてJ1に昇格した年、レッズはJ2に降格していたから、初顔合わせは2001年だった。シーズンが始まってまだ間もない第5節、満員の浦和駒場スタジアムで対戦した。あのシーズンは良くない意味で覚えている試合がいくつかあるのだが、東京戦もその一つだ。前半終了間際、先制点を決めたレッズの新外国籍選手アドリアーノが喜びのあまり看板を跳び越えてしまい2回目の警告で退場。いま思えば、1点リードしてFWが1人いなくなった状況という戦い方もあったのだろうと思うが、後半早々に追い付かれ、計3点を取られて逆転負けした。それからしばらくは勝てず、04年の1stステージでようやく初白星を挙げた。その2ndステージでは敗れ、4年間の対FC東京の通算成績は1勝1分け6敗となった。

それが翌年から逆転した。07年で通算成績を6勝2分け6敗の五分にし、08年からは連勝が続いた。FC東京が降格して1年で復帰した02年からは引き分けが多くなり、久しぶりに負けたのが13年、国立でのアウェイゲームだった。埼スタおよび味スタでのレッズの負けなしは05年から昨年まで続き、初対戦からの通算成績は20勝9分け7敗になった。これほど時期によって白黒がはっきり分かれた相手は他にない。

ずっと負けていないことは知っていても、だから今日も勝てるだろうと思って試合に臨んだことは一度もなかった。選手もサポーターも、自信は持っても慢心はなかったはずだ。
劣勢になり、負けを覚悟した試合もあった。しかし最後にはドローに持ち込むか、逆転していた。もちろんチームとサポーターが全力で闘った結果であり、何か他の特別な力が働いたとは思っていなかった。

こちらがこれほど意識しているのだから、やられている側に闘争心が湧き上がらないはずはない。特に、昨季の第33節。東京ホームの一戦もドローに終わり、東京は優勝への道が限りなく細くなった。悔しさは、それまでの何倍にも膨らんだだろう。一方こちらは、この勝ち点1がなければ最終節は降格の可能性を感じながら戦わねばならないところだった。両チームにとって対照的な意味を持った2019年11月30日の試合を最後に、レッズの対FC東京「両ホームスタジアム連続不敗」は終わった。
今年の再開4試合目。7月18日は16年ぶりに、負けて味スタから帰った。今季の初黒星だった。

これまでも、試合を決めるのは過去の対戦成績ではなく、今のチーム力と勝利への強い気持ちだと思っていたが、心のどこかに「負けていないしな」という思いがあったかもしれない。今回は、そういう過去のデータと関係なく試合に臨める。印刷物として選手たちの手元にも渡るMDPではないから、この言葉は届かないかもしれない。それでもきょうは選手たちに向かって叫びたい。

いま頭にあるのは、約2ヵ月半前に完敗した借りを絶対にきょう返して欲しいという気持ち。さらに強く浮かぶのは、4日前にここで横浜FCに負けた浦和レッズは本来のレッズではなかったことを今日の勝利で示して欲しい、という願いだ。
精神論だけではない。今季、積み上げてきたものは確実にあるのだから、全員が共通の意志を持ってプレーすれば良い試合はできるはずだ。
だが大事なことは、あと一歩でチャンスを作れる場面、ゴールが近付いた場面、相手にボールを奪われそうな場面、相手がゴールに迫った場面、そして一人ひとりの戦いの局面で絶対に負けないという姿勢を見せることだ。それは精神論と言われてもいい。

多くのファン・サポーターは埼スタに来られない。来ても大きな声を出して応援することができず、浦和レッズの最大の武器を使うことができない。土曜日にファン・サポーターが味わった悲しさや失望感を払拭できるのは、選手たちだけなのだ。
自らと浦和レッズのプライドを掲げて闘って欲しい。

☆編集後記。よく言われる。ピッチの11人は、ベンチの7人やメンバーに入れない選手たちの思いも背負って戦っている、と。それだけではなく、スタジアムのファン・サポーター、来られないファン・サポーターをも代表して戦っていると思う。どれだけ闘志をみなぎらせたファン・サポーターでもピッチで戦うことはできない。さらに今は応援さえもままならない。サッカーは、チームとファン・サポーターが一つになって闘う、という言葉が一番似合うスポーツだと思うが、だからこそ実際に戦える選手たちは、それにふさわしいプレーを見せて欲しい。(清尾)

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