サッカーツリー点灯式

 咲いたまつり、縁JOY鳩ヶ谷フェスタ、宗岡中学校授業サポート、桜区民祭り、緑区民祭り、浦和の未来についてイベント、県農林部講演会、未来くる先生西浦和小学校、埼玉大学むつめ祭レディーストークショー、駒場イベント、木崎小学校・・・と10月中旬から立て続けに続いたイベントの最後は、11月6日(土)浦和駅西口のサッカーツリー点灯式です。

地元小学校の金管バンドの演奏の後、18時から会長挨拶、地元少年団の始球式があり、当クラブからのゲストによる始球式点灯が行われました。

昨年まではクラブのスタッフが出演していましたが、初めて今年の実行委員会に出席させていただき、1週間前に終了する、なでしこリーグで優勝したら、ぜひレディース選手全員を出演させて欲しい、とお願いをしました。
打合せ当時はリーグ戦首位に立ち、優勝も見えていたこともあり、レディース選手のキックで点灯する華やかな演出が出来るのではないかと思い、提案させていただきました。商店会の会長さん始め役員の皆さんからも賛成をいただき、レディース全員の優勝お披露目を計画していました。
残念ながら最終戦は埼スタで日テレベレーザに敗れ、惜しくも優勝を逃してしまいました。
試合を見ても分かりましたが、後半数試合は疲れが溜まっているようで本来の力が発揮出来なかったようです。

次に始まる全日本女子選手権に向けて、優勝を逃した悔しさと疲労感を切り替えるため、1週間のオフが与えられました。準優勝とはいえ、あの姿を見たらオフ返上で寒い夜に出演はさせられず、困っていましたが、小金丸幸恵、堂園彩乃、吉良知夏、櫻本尚子の4選手が参加してくれることになり、内舘秀樹とレディース4選手による華麗なシュートで中ノ島にあるサッカーツリーの点灯式が無事終了しました。

選手たちは、金管バンドの子供たちと一緒に記念撮影を撮ったときに女の子たちから盛んに声をかけられていて、いいお姉さんぶりを発揮していました。
「地元のイベントに参加させてもらってうれしい」とコメントしてくれた彼女たちの活躍で、来年はぜひ優勝して全員でこの場に立たせてあげたいと思いました。

[2010.11.12.HT:K]


REDS先生

ホームタウン推進部の内舘秀樹を派遣し実施していた、小・中学校の授業サポートに、現役選手を派遣して、子供たちとのふれあいをより強めていくことができないかと、以前から検討していました。

小中学校へ、アスリートが直接出向いて話をするこうした試みは、日本サッカー協会が中心となってが実施している「ゆめ先生」やさいたま市教育委員会が行っている「未来(みら)くる先生」などがありますが、先生となる選手が一方的に授業を進めるのではなく、担任の先生や児童が自主的にテーマを決めて進行し、その上で、選手が児童としっかり向き合って共通のテーマについて話し合うという、レッズらしい方法を作り出し、小さな教室で、お互いに充実した時間を過ごさせてあげたいと考えていました。
また、対象の学年は高学年(5・6年生)に絞っていましたが、だいたい各学校一学年4~5クラスあるので、1人の選手だけでは回りきれません。一度、内舘君が自身の出身校で4時間続けて授業を行いましたが、これは特例でした。

そんな折、大原サッカー場からも近い、木崎小学校から依頼があり、打合せを重ねた結果、トップチームの練習がオフとなる11月4日(木)の実施が決まり、細貝萌、加藤順大、梅崎司、宇賀神友弥の4選手が協力してくれることになった。
当日は、3時間目に訪問がスタート。4クラスの生徒が全員体育館に集まり、盛大な拍手と花道の中、4選手が迎え入れられました。

一人一人の自己紹介のあと、誕生日ゲームで全員が大きな円を描き、選手と児童がふれあい、少し固くなっていた選手達もだいぶリラックス出来ました。ゲームの後、選手と児童で、4時間目の受け持ちクラスを決めるくじ引きを行い、大盛り上がりとなりました。

5分の休み時間を挟んで、各クラスに選手が分かれ、担任の先生の進行に沿って、自分たちの子どもの頃の体験からプロになるまでの話しなどを、児童とのかけあいを交えながら進行していきました。

4時間目が終わった後は、教室で一緒に給食タイム。この頃になると選手と児童たちもすっかり打ち解けて、さまざまな話題で盛り上がっっていました。選手たちは、何度も給食のおかわりをもらったり、小学生に戻ったような、柔らかな表情を見せていました。

開始前、学校に到着して、校長室で打合せをしていた際には、相当緊張していた細貝が、子どもと触れ合った途端、児童からパワ-をもらったかのように、いつもの人懐っこい笑顔で接していました。宇賀神はもう一度やりたいと言っていましたし、加藤は他の選手にぜひチャレンジするように勧めてみる、と言ってくれたり、この日の成果は十分あったと思っています。
約2時間ほどの短い時間でしたが、児童の憧れの眼差しと、選手の子供のような笑顔に包まれた、充実した時間となりました。

現役の選手が小学校で授業を受け持つのは、レッズとしては初めての試みでしたが、100点満点の出来で今後もぜひ続けていかなければいけないと確信しました。

シーズン中は試合や練習があり、スケジュールを確保するのも大変ですが、うまく調整しながら、ぜひ継続していきたいと思っています。
[2010.11.12.HT:K Vol.7]


駒場の芝生

1993年のJリーグ開幕で、レッズの選手が駒場のピッチに立って以来、初めて芝生の張替えをすると聞いてちょっと驚いた。
確かに最近はかなり凸凹が目立ち、芝も剥がれてしまう部分もあって、選手の怪我も心配だと思っていた部分があった。

駒場スタジアムには思い出が一杯詰まっている。

1万人弱のスタジアムから2万人収容に改修した駒場スタジアムのセレモニーが1995年8月16日暑い夏の日に行われた。後援会初のボランティア(スチュワード)160名の参加のもと、ピッチを赤い布で覆い、荘厳な音楽が流れる中、160人のスチュワードが幕を引くとピッチに「COME HOME 」のメッセージが現われるという演出であったが、開始間近、上空に暗雲が立ち込め、今でいうゲリラ豪雨に見舞われ、折角の赤い布が雨にぬれて芝生に張り付き、何十回と練習したセレモニーもリハーサル通りには進まなかった。それでも、160人の懸命な動きに、大きな拍手が起こり、感動の一幕を飾った記憶がよみがえってきた。

その駒場スタジアムの改修にあたり、さいたま市からピッチの芝生を市民に無料で配布したいので、レッズにぜひ協力して欲しいという依頼があった。
せっかくの機会なので、芝生の配布だけではなく、普段は絶対に入ることができないピッチの上で、みんなが自由に体験できるイベントを考えた。
内舘秀樹と一緒にボールを蹴るミニサッカーコーナー、キックターゲット、思い出のロッカールーム、そして、数々のドラマを生んだピッチの地点にメモリアルボードを立てることにした。

例えば「土橋正樹J1復帰Vゴールの地」「福田正博得点王の地」「ギド・ブッフバルト引退セレモニー」「小野伸二グッドラックセレモニー」「ゼリコ・ペドロヴィッチ感謝セレモニー」「GK田北雄気J初得点の地」「福田正博 世界一悲しいVゴール」など、これらのポイントに、正確にボードを立てた。

来場者のみなさんは、開門と同時に一斉に芝生配布ポイントに向かう。その後、大勢の方々がそれぞれのメモリアルポイントで記念写真に収まっていた。
ミニサッカーコーナーのアシスタントとして、元選手の池田学さんに声をかけたら2つ返事でOKしてくれた。「福田正博 世界一悲しいVゴール」のポイントの横で、当時、福田正博に抱きついたシーンを再現するように、ファン・サポーターと気さくに記念撮影をに応じてくれたのには、とても感動した。

思い出が一杯詰まったピッチの芝生をはがして持ち帰るのには、辛さもあったが、2500人もの人が駆けつけてくれ、芝生の感触を味わいながら、とてもいいイベントだったと、笑顔で帰路につかれる姿に、思わず目頭が熱くなった。

駒場スタジアムは、2年後の6月まで、ピッチと陸上トラックの張替えのため使用できないが、また新しいピッチの上で選手たちの汗と涙でいくつもの感動が生まれていくのだろうと思う。

[2010.11.4 HT:K Vol.6]