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クラブインフォメーション

18.05.17


淵田代表による浦和レッズ理念に関するメディアブリーフィングについて

5月16日、YBCルヴァンカップ サンフレッチェ広島戦の前に、前日に発表した浦和レッズ理念と選手理念について、淵田敬三代表から、なぜ理念をあらためて見直したのか、報道陣に向けたブリーフィングが行われた。

淵田敬三代表
「みなさん、こんにちは。試合当日のお忙しい中、お集まりいただきまして、本当にありがとうございます。昨日発表した理念について、その背景などを含めてみなさんにご説明させていただきたいと思います。

ご承知の通り、14日の月曜日にJリーグ25周年記念のワークショップがあって、25年前の理念というか、Jリーグの原点にもう一度返って、我々のあるべき姿とは一体何なのかを考える、そういったワークショップがありました。川淵さん(川淵三郎/元・日本サッカー協会会長)もいらして、村井チェアマンと話しているときには涙も流されていましたが、そうした時期に、我々も、レッズとしての理念をあらためてまとめて、みなさまにご提示できるようになったというのが、非常にありがたく、意味のあることだと考えています。

なぜこうした理念を浦和レッズとして見直したか、ということですが、実は私はレッズに来てから、一人ひとりのスタッフの仕事の仕方やすばらしさ、本当にいろいろなことをやることにおける職務遂行能力というものには感嘆していたのですが、よく観察していると、クラブスタッフがグループとして同じような方向を向いていながらも、少し違う方向を向いている、それはなぜなのかと思うことがありました。

今回の理念の前に作られた活動理念というのは、1992年に発表されていますけれど、青少年の健全な育成とか、健全なレクリエーションの場の提供、浦和から開かれた世界の窓になる、というような言葉があったのですが、本当にそういう理念に自分たちの仕事をつなげられているのか、という部分では疑念を持つことがありました。

なぜそんなことを感じたのかというと、みなさんもご承知の通り、私は海外勤務が長く、アメリカという土地に行って、アメリカ人、そのアメリカ人と言っても、いろいろな人種がいて、そうした違う文化の世界、多様性の中で、仕事をしておりました。

私が赴任した始めのころは、社員のベクトルがあまり合っていない印象だったんですが、しばらくして、アメリカ人がトップになったときに、その人物が一つの大きな理念を作ったんですね。日本人だろうが、アメリカ人だろうが、みんなその理念に向けて仕事をしていこう、と。そのときから、絶えず何か問題が起こると、そこに立ち返って、もう一度自分たちのやっていることがその理念に合うのかどうか、ということを意識し始めたんです。

もちろん人の個性によって感じ方が違うので、100パーセント一致するようなことはないんですけれども、そのときから、だんだん社員が大きな幅の中かもしれませんが、同じような方向に向いていく、ということがありました。

その後、勤務が終わって日本に帰ってきたときに、私は関東一円の販売会社の社長をやったのですが、その販売会社というのが、その前に8つ、9つあった会社が一緒になってひとつの会社になったものだったんですね。ですから、当時は一人ひとりの社員の考え方とかものの見方というのが、別々なことが多かったんです。

だから、一つの理念をつくって、同じような方向にみんなで向いていこう、ということをそのときにもやりまして、その会社もよい方向へ向かわすことができたんです。

ですから、浦和レッズにももう一度、今まである活動理念、それから文言にはなっていないようなものの考え方、精神、ビジョンなどがあったりするわけですけれども、それらをみんなが同じような腹落ちできるようなものにしていく。そうしないと、なかなか次のステップに向いていけないんじゃないか、と考えました。

ただ、そうは言っても、押しつけてはいけませんから、みんなで今あるものをベースにして、研究もしながら、過去も振り返りながら、いろいろなことを勉強し、もう一度、我々が持っている資源、それを再整理して、言葉にまとめて、それを浸透させていくのが必要ではないかと思ったんです。それが2年ちょっとくらい前の話です。

そして、各部から若手のスタッフを集めて、いまは強化部にいる堀之内さんにリーダーをやってもらい、プロジェクトチームを作って議論をしてもらいました。なかなかそういう大きな命題なので、スピード感を持っては進まなかったと思いますが、さまざまな人たちを巻き込みながら、2年掛けて作り、昨日発表にいたったということです。

浦和レッズの宣言は我々の存在意義になるものですが、読みますと『浦和レッズは、サッカーを初めとするスポーツの感動や喜びを伝え、スポーツが日常にある文化を育み、次世代に向けて豊かな地域・社会を創っていきます』とあります。

ある意味、当たり前のことなのかもしれませんけれども、我々の仕事はこうしたことにつながっているのだと振り返れるものが作れたと考えています。

そして、根本的な活動方針が、以前の活動理念になっていて、こちらは社会貢献的な要素として掲げています。そして、ビジョンですが、こちらは競技性・事業性を意識したものになっています。

これからこういうものをベースにして、我々は前に進んでいきたいと思います。とはいえ、なかなかこういうものを書いたからといって、クラブの中に浸透できるとは思っていませんし、日々我々がいろいろな場でクラブの人、チームにも伝えながら、5年後10年後ににじみ出てくるものではないかと考えています。

我々はメキシコのチーバス・グアダラハラというクラブと育成の提携をしています。毎年2人ずつお互いのユース世代が、2週間の短期間ですが、行き来しています。

私も1年目にチーバスのユース選手と食事をしたことがありました。そのとき彼らは私服でもよかったと思うんですが、ジャージを着ていたので、なぜ、ジャージなのかを聞いたんですね。

すると彼らは、『これが我々が、外に行くときに着ていかなくてはいけないものなんです。なぜなら、ここにエンブレムがあるからです。エンブレムを背負っている限りは、我々はチーバスの人間なんです』ということでした。

チーバスには、クラブのロッカールームの前にちゃんとしたクレドがあって、理念を見える場所に飾ってあります。そうした活動が、一人のユース選手、育成のコーチングスタッフなどに浸透しています。

そうした状況を目の当たりにしたときに、もう一度我々はクラブとして、育成も含めて、しっかりやっていかないといけないと感じました。

理念ができたからといってすぐに浸透するわけではないですし、これから魂を入れるのが我々の仕事です。5年後10年後、こういうものがどこかでにじみ出るようなものになっていればいいと考えています。

決して、この25年が無駄になっている、ということではありません。そういったものが根付いてはいるけれども、本当に大きな、体系的なものとして見たときにできあがっているのかというと、そうではないので、一度、この25周年というタイミングでしっかりと整理して、クラブの中に浸透させていきたいと思っています。

一方、選手の理念ですが、これも何年か前、犬飼社長(犬飼基昭/浦和レッズ元社長)のときに、『早く(速く)、激しく、外連味(けれんみ)なく』という言葉がありました。そのほかにもそれまでの浦和レッズやその前身の時代に大切にしてきた言葉もあります。そうした今まであるものをまとめ直した、浦和レッズの選手としてあるべき姿になります。

一番上にある『サッカーを極め、勝利を追求する』というのは当たり前の話かもしれません。その上で、「浦和」を背負っているという意識、我々は浦和という街でサッカーをしているからには、100年の歴史を背負ってやっていかないといけません。「浦和」という名前がついているからには、その歴史を背負いながら、しっかりとしたサッカーを見せていかないといけません。そのために必要なものが何なのかということをもう一度しっかり、選手にも話を聞きながらまとめ直したのがこれです。

あくまでも我々の新しくまとめた理念をベースにした、選手としてのあるべき姿ということで、ご理解いただければありがたいと思っています」


【質疑応答】
(冒頭で触れていた、同じような方向を向きながら違う方向を向いている、と感じた部分は、具体的にどんなところだったのか?)
「たとえば、スタジアムのあり方、みたいなものがあります。具体的には『今のあり方がいい』という人と、『そうではなく、もっと新しいことを入れながらやっていかなくてはいけない』という意見があって、一方の人はこちらを向いている、もう一方の人は新しい方を向いている、ということがあります。しかし本来、両方とも必要なんですよね。今、我々の価値観の中にひとつ大きくあるのは『革新と伝統』という言葉を入れましたけれども、古くていいものは大事にしなくてはいけない、だけどそれだけでは前に進めないから、新しいこともやっていかなくてはいけない、こういったことを共有する必要があります。古いことにこだわっているだけではダメだし、新しいことだけやっていてもダメ、そういうところの向きの違いというのが、いろいろな場面であったのではないかと思っています」

(成長に向けて変化をしていく中で、立ち返る部分があるべきではないか、ということか?)
「そういうことです。それも、一人ひとりの感じ方というのが違うので、ビタッと同じものを見ながらではないと思うんですけれども、ある一定の幅の中で、みんなが同じ方向を向いていかないと、なかなかクラブとして強くなれないと感じています」

(今回の理念を通じて5年後10年後ににじみ出てきてほしいということだが、チーム全体、あとは選手として、どのような姿になっていってもらいたいと考えているか?)
「特に意識してもらいたいのが、我々のクラブは「浦和」を背負っている、ということです。こういう責任を持ってもらいたいということです。そのためにはどういう選手であるべきか、どういうサッカーを見せるべきか、日々、どういう生活の態度を示していくのか、こういったものが伝わっていけばありがたいなと思います」

(選手の理念の中で、「レフェリーにも尊敬の気持ちを示すこと」ということなども入っているが、現場の方で、具体的に言うと異議で警告をもらうとかがあるが、現場で変化や抑止力はあるのか?)
「すぐには難しいと思います。先ほどの話と同じだと思いますけど、そういったことを、今回みなさんにリリースする前に、私からは監督以下コーチ、育成スタッフたちに、『こういうものをつくったので理解してほしい』ということで、話をしました。中村GMの方からは、選手たちにこういうことを話してもらいました。ただ、話しただけではなかなか伝わっていかない、腹に落ちていかないということなので、いろいろな事例のあるごとに『浦和とは何なのか』ということを、そういう事態に直面したときに、みんなで話すようなことをやっていかなくてはいけないと思っています」

(これはトップチームだけでなく、育成の選手とかにも理解してもらうということか?)
「そうです。ただ、育成の選手には、年代によって伝え方が若干違ってくると思いますが、ベースは同じです。むしろ育成の選手たちがしっかりとそういったものを身につけてトップに上がって、チームがそういうものを醸し出していく、こういったことが10年後20年後にできていけば、何も言わなくても、外部から来た選手は自然とそういう世界に入っていく、そういったものができあがればいいと考えています」

(選手の理念の部分で、『「浦和」を背負う責任』とあるが、ここは『浦和レッズ』ではなく、あえて地域名のみになっているのは、どういう意図・考え方があるのか?)
「それは、我々のホームタウンが浦和でありますし、先ほど申し上げたように、浦和の街とはなんなのかと言ったら、サッカー100年の歴史がある街で、オズワルド オリヴェイラ監督も就任のときに、『浦和はサッカーが呼吸する街だ』と言っていましたが、そういうことをみんなに理解してもらいたいと考えているということです。
またカギカッコで「浦和」としていますが、それはホームタウンだけではなく、浦和レッズというクラブもそうですし、チームもそう、そしてファン・サポーターやパートナー企業のみなさまなど、浦和に関わるすべての方たちの代表として、その責任を背負う選手たちになってもらいたいという意図も込められています。そういう意味で、『浦和』という街、言葉を大きくクローズアップしていかないといけないと思っています」

【浦和レッズオフィシャルメディア(URD:OM)】


【浦和レッズ理念はこちら】
http://www.urawa-reds.co.jp/club/phirosophy.html

【浦和レッズ選手理念はこちら】
http://www.urawa-reds.co.jp/club/player_phirosophy.html

淵田代表による浦和レッズ理念に関するメディアブリーフィングについて

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