MF 3

伊藤敦樹

Atsuki ITO
クラブ
レッズとともに人生を歩んできた
伊藤敦樹が臨む特別な相手との『30周年記念試合』
2022.5.20

ただ、いくら親の影響や育った環境の影響があり、いつから好きだったのか覚えていないとはいえ、好きであり続けたことには理由がある。

レッズの魅力とは?自分にとって無意識に脳内に埋め込まれているようなことをあらためて聞かれた伊藤は、少しだけ考えて言葉を発した。

「シンプルに強かった…ですね。僕が小学生だったころのレッズは本当に強かったですし、常に優勝争いをしているチームでした」

それ以降のレッズの変化も、自身の立場が変わりながらもずっと見てきた。レッズのジュニアユースに入って、ユース、さらに(流通経済)大学と進み、プロを目指すことが夢から現実的な目標になったころ、レッズはタイトルこそ獲っていたものの、J1リーグの優勝争いからは遠ざかるようになっていった。

「その3、4年もずっと見ていました。なかなか勝てない時期の試合を見ていると、悔しいですし、苛立つこともありました」

自分にもそういう気持ちがあったのだ。勝利という結果が出ない今、ファン・サポーターが自分たちに向ける気持ちも理解できる。

「そういったおもいは本当にさせたくありません」

だから、自分がプレーするレッズも強くなければならない。レッズでプロサッカー選手になることが目標だった。でも、ただレッズの一員になればいいわけではなかった。あのころ思い描いていた未来の自分は、赤いユニフォームを着てピッチで闘い、ファン・サポーターの声援を受け、そして歓喜していた。

「レッズは強くなければならない。その気持ちが一番強いです。レッズは常に勝ち続けるチームでなければいけないと思っています。応援する立場からピッチでプレーする立場になって、強いレッズの一員でありたいですし、強いレッズにしたいです。自分が勝たせる。そういう気持ちで毎試合闘っていきたいです」

そして浦和の街がレッズで賑わってほしいと願う。

親に連れられて見に行った優勝パレードでは、街中にあふれる人の多さに驚愕した。

実家は浦和駒場スタジアムに程近く、かつ浦和駅方面から埼玉スタジアムに向かう道中にある。駒場で試合を行っていたころはもちろん、埼スタになってからも週末に赤いユニフォームを着た人が乗る自転車や、レッズのステッカーを貼る車が近所を無数に走っていた。

今は実家からその光景を見ることはないが、おそらく自分が見ていたころよりは赤い人たちが減っていると思う。

「今も街全体でレッズを応援してくれていることは伝わっています。でも、埼スタを満員にしたいですし、浦和の街をもっと盛り上げたいです」

満員になってほしい、でもなければ、盛り上がってほしい、でもない。他人事ではなく、それは自分たちの力で実現すべきことだと自覚している。

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みなさまと歩みを共にした30年。
先日の試合で、他のどこのクラブも成しえていないJリーグホームスタジアム来場者数1,500万人を突破しました。
これまでのサポートに感謝し、ここからの時代を共に創るべく、5月21日(土)の鹿島戦は「30周年記念試合」として行います。
試合当日は、浦和レッズがある喜びを、みなさまと共に分かち合える一日にできれば幸いです。
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