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Future Diamonds vol.01 –シンガポール遠征で獲得した大切なもの(西谷冬樹ジュニアユース監督)

三菱重工浦和レッズレディースの育成の考え方や活動を不定期で発信する『Future Diamonds』をスタートいたします。
トップチームに選手を輩出し、世界を目指していく育成の姿をお伝えしていきます。
第1回は、4月18日から20日の日程でシンガポールにて開催された『JSSL Professional Academy 7‘s 2025(Girls Pro U-16 Category)』で、U-16チームを率いて初優勝を果たした西谷冬樹レッズレディースジュニアユース監督のインタビューです。
ヨーロッパの強豪チームであるビジャレアルCFやバレンシアCFを破り、優勝した経験が選手たちにとってどんな意味があったのか、うかがいました。
大会結果はこちら
ぜひ、ご一読ください。
ガチガチだった初戦から見せた選手たちの適応力
ーーまず、今回はU-16での大会ということで、ユースの高校1年生も含むメンバーでの大会出場となりました。振り返ってみてどうでしたか。
「まず行く前は、大会の形式がユニーク(7人制、試合は25分1本)で、かつバレンシアが2連覇をしていて、3連覇が懸かっているということでした。また映像を見たところ、これは結構、手強いなという印象でした。16歳以下というメンバー構成でしたが、実際、ユースの選手たちはケガ人や代表選手などもいて、少なかったんですね。太刀打ちできるかなあ、という不安はありました。
で、遠征メンバーで数回練習をし、シンガポールに入って、観光などもして風土、天候や気候などに慣れた中で、大会が始まりました。
そうしたら、初戦はガチガチで(笑)。すごく緊張していてパスもつながらないし、これは結構、まずいな、と正直思いました(苦笑)。
その中で、まずは落ち着かせようということで話をしました。事前には、自分たちのスタイルとか日本人として戦うということを選手たちには伝えていて、技術、素早さ、身のこなし、連続、連動、ゲーム体力、そういうものを駆使して戦おうということで入って、初戦をなんとか勝てたんですね。
そうしたら、そこからは彼女たち自身が進化して変化していきました。すぐに振り返りもして、どうやって改善できるかというのを選手たちにも考えてもらって、最適化をさせていきました。
そうすると試合ごとにみるみる変わっていくんですよね。
それが自分の中でも一番感動しました。ふだんから私は言っていますが、いろいろなコンセプトとかもあるけど、大人がああいう環境を作って上げたら、子どもたちというのは、のびのびと自分で成長していくんだなというのはあらためて実感しました」
ーーそれは素晴らしいですね。
「面白いエピソードなんですが、海外遠征すると、まず我々指導者は部屋に入って、バッグを置いて、パソコンを取り出し、部屋にセッティングをして、臨戦態勢を整えて、いろいろと準備をするじゃないですか。
プロジェクターも個人で持って行って、準備していきました。でもね、1回も使わなかった(笑)。
それくらいタイトなスケジュールで、疲れもあったりもしたんだけど、結局、1回も使わずに遠征を終えたんですよ」
ーー頭で考えるというよりも、リアルのコミュニケーションとリアルな経験での成長を優先したということですね。
「そうですね。やっぱりレッズの選手たちは、その適応力も早いですし、素晴らしいですよ。最初はこちらでシンガポールの知識を入れてから行った方が見えるものが違うからということで準備をしていったけど、もちろんその準備の成果もあったとは思うんですけど、なにより選手たちが、こちらでピンとこなかったのが、海外に行って、新鮮な体験をすることで、ピントが合っていったんでしょうね。そしたら、どんどん能動的に主体性を持てるように変化していったから、それは彼女たちが表現するサッカーもそうなっていきますよね」
ベストゲームは決勝、あらためて実感した大切なもの
ーー決勝の試合の様子をチーム内に共有された動画で見ましたが、しっかりとフットボールをしていました。
「私なんかはその中の一つをちょこちょこって言っているだけで、彼女たちが創り出したものだと思います。徐々に良くなっていくし、どんどん良くなっていくので最後の決勝が私にとってはベストゲームでした。面白いですよね。
同部屋が内藤裕己GKコーチだったんですが、『おれ、1回もパソコン開いてないよ(笑)』って言ったら、『マジすか!』って驚いてましたけど、よく考えてみたら、分析とか映像を見せることもすごく大事なことなんだけど、もっと大事なのはエンジョイすることだよなって。
いろいろあるんだけど、特に育成においては、選手たちが楽しめる環境を私たちが提供できれば、選手たちはどんどん成長するんだなということをあらためて感じました。ふだん、日本では練習前に今日のトレーニングをどうするか、ということでパソコンでデスクワークしながら、いろいろと準備をするんですけど、それももちろん大事なんですけど、それ以上に大事なこともあるよな、と。
あらためて再確認できて、彼女たちに教えてもらったし、本当に楽しかったです。
彼女たちの進化を、この何日間かで見ていたことが本当に楽しかったです」
高かったレベル、感じたフットボールの熱
ーー大会のルールが7人制、25分1本というレギュレーションでした。その部分で意識したことはありましたか。
「まずオフサイドがないんですよね。
どうしても、選手たちはいつものクセでラインをコントロールしようとしちゃうんですよね。そこでちょっと裏を取られたりはしていました。
それを改善しようとしたところと、そのオーガナイズがあることで、よい意味で間延びして、攻撃時に広くピッチを使おうとするんですよね。そうすると、守備範囲も広くなるので、『個』の能力が求められて、プレーエリアも広いので、当然ディフェンスをやっている選手でも、中盤を越えて、アタッキングサードまでいってシュートまで行くことができるわけですよね。
逆もしかりで、FWをやっている選手がゴール前まで戻って守備をしなければならないシーンもあって、個の能力が求められるような環境だったと思いました。
だからサッカーの4局面(攻撃→攻守→守備→守攻)で一人でもさぼると、チームに悪影響が出るような状況もあって、責任感というのも出たと思います。
ふだん、切り替えをおろそかにしがちな選手。攻撃が得意な選手にそういう選手が多い傾向にあるけど、彼女たち自身にいつも私は、『Good』『Bad』『Next』と振り返りのチェックをさせるんですが、『Bad』のところで、切り替えが遅いというのが書かれていて、気づいていましたよね、自分で。
ユースの選手たちも、徐々に良くなってとても助けてもらいました」
ーービジャレアルCFやバレンシアCFというスペインの名門チームが参加していましたが、大会のレベル的にはいかがでしたか。
「技術的にというと、日本人の方がいいと思います。でもやっぱりタフなんですよね。身体も大きいし。その中に小さい選手もいて、そういう選手はスピードとドリブルがうまかったですし、レベルは高かったと思います」
ーーフットボールの熱は感じましたか。
「もちろん。
海外の選手たちはそういうのがすごかったです。勝っていると、残り時間少ないと倒れ始めるし、痛がって。ちょっとやられるとすぐにやり返しにくるし。
ビジャレアルCFは残り5分で負けている状況で、2-1になっていると、アフターでも平気で来るし、勝負に対する執着というのは、日本人とヨーロッパの強豪というチームの違いは感じますよね。熱くなりやすいというかね」
世界との能力や可能性に『差』はない
ーー西谷さんがレッズレディースの育成に来てくれた理由として、世界と一番近いクラブという話がありました。そうしたものを体感できた遠征になりましたか。
「そうですね。
彼女たちと一緒に戦って本当に世界と近いなというのを感じましたし、将来がすごく楽しみでしょうがないです。ワクワク感がたまらないです。
私は意識してなかったんですが、大会サイドは2連覇しているバレンシアをどこが倒すのか、というところでそういうチームが出てくることを期待していたらしいんですよね。
新たな刺客というかね。その中で浦和が世界の強豪を倒せたのは良かったし、主催者側のオーナーが優勝したときに来てくれて、君たちのプレーはすごく刺激的だったと。観客を巻き込むようなファンタスティックなサッカーだった、と言ってくれました。それはすごくうれしかったですね。レッズレディースとして目指すサッカーがあるので。
選手たちも最初はピンと来ていなかったけど、保護者説明会でもクラブから説明をしてもらって、世界に羽ばたくというメッセージを伝えています。
そういうクラブに、チームになっていくんだよ、と私からも伝えました。君たちが歴史を塗り替えていくんだ、と。
でも、最初はやっぱりピンと来ていなかったんです。
だから実は、一度、彼女たちに考えてもらう機会を作って、シンガポールに何をしに行くの?ということで聞きました。一人の選手として将来どうなっていきたいの?と。
最初はみんな何も言わなかったんだけど、聞いていったら、代表選手になりたい、という選手がいて。
だから、男女共にだけど、みんな今、代表選手は世界のビッグクラブにいて活躍している選手がほとんどで、彼ら、彼女たちは、渡り歩いて、ヨーロッパの選手たちと切磋琢磨して今があるんだよ。それを今度、シンガポールに行って、今の年代で、現在地を試せるいい機会だよ、と伝えました。
そうしたら変化していってくれました。
レッズレディースは育成を含めて本当にポテンシャルがあるし、才能豊かな選手たちがいると思います。それを引き出すのが我々の仕事です。
工藤SDも必死になって予算を取ってくれて、育成の海外遠征の機会を作ってくれています。だからそれにも応えたい。
それと、よくメディアの方たちで、世界との差がこうだ、ということをおっしゃる方たちがいて、私も取材を受けることがあるんですが、私がよく言っているのは、『差』じゃない。『違い』だと。ヨーロッパや南米の選手たちは大陸がつながっていて、いろいろな経験をできる環境があるんですよね。
ものすごくタフに渡り歩いて、経験を積み重ねていく環境がある。
だから選手の能力や可能性に『差』があるわけではなく、経験を得られる環境の『違い』で、結果が違ってきているのだと考えています。
その違いをこうやってクラブが用意して変化させていくこと、多感な時期に世界を経験させてあげられれば、絶対伸びるし、ましてや女子サッカーは一度世界一になっているんだから、まさしくその継続をしていけばいいと思っています」
ーーレッズレディースが追求しているサッカーの方向性に対して、育成もよりつながっていくようにいまベースをあらためて強固にしていっている段階だと思います。それらが積み重なっていくと面白いですね。
「本当にそうですね、とても楽しみですし、良い経験をさせてもらっています。本当にこれからが楽しみですよ」



