今出来ること ~緑の芝の上で~

子どもたちに広い芝の上で、遊びまわってほしいという願いから、レッズランドに招待することになり、25日朝早くさいたまスーパーアリーナに行くと、たくさんのボランティアの方々が受付のため並んでいました。

前日の24日に続き、今日も20名のボランティアの手を借り、館内に手作りのポスターを貼り、皆で参加者を募る声掛けを行いました。 そんな時、町ごと避難してきた「双葉町」の学校(みんなの学校)が開校し、地下の通路にいくつか教室を作って、算数、国語などの授業を行っているという話を聞きました。

そこで、中心となって動いている埼玉のNPO法人の責任者の方とお話をさせていただき、午後は授業を予定していたが、『全員レッズランドに連れて行っていただけるなら大丈夫』ということで、「体育の授業」で私が責任を持ってお預かりすることで承諾を得ました。さっそく双葉町町長にお会いし、教育委員会にも挨拶を済ませ、早急に段取りを終えました。

小学生と新1年生、付き添い含め100名近くになり、関東自動車さんにご協力いただいたバス2台でレッズランドに向けて出発しました。
20分ほど走り、レッズランドのクラブハウス前に到着し、土手を越えた瞬間、子どもたちは「うわ~、広い」という大歓声のもと、一気にグラウンドめがけて走り始めました。

全員がグラウンドに集合すると、ハートフルクラブの城定コーチから、練習を終えて駆けつけてくれた山岸、梅崎、青山、峻希、元気の5選手とハートフルクラブのコーチ陣が紹介されました。「今日はサッカーだけでなく好きなことをして遊んで欲しい」という号令の後、それぞれサッカー、キックターゲット、バトミントン、縄跳び、自転車、綱引きなどにそれぞれが散っていきました。

山岸が野球を、元気がバレーボールを、青山がフリスビーを、峻希と梅はサッカーなど、子供たちと楽しみました。 1人の女の子は「今、縄跳びやって、次はバトミントンをするの」と言って目を輝かせて走っていきました。ある男の子は「選手とサッカーで出来てうれしい」とずっと選手のそばから離れず、ぶつかって泣き出した子も、手当てそこそこに次の遊びに行きたくて涙をふきながらすぐに次へと走っていきました。

最後はプロのPKの妙技と山岸選手のゴールキックに大歓声が。
子供たちの笑顔も選手、コーチたちの笑顔も緑の芝の上で輝き、大歓声は青空にこだました。どんな時も子供の笑顔は「宝物」だなと感じる一瞬でした。

[2011.3.25.HT:K]


今出来ること ~子供たちの笑顔~

大震災の爪痕はひどく、まだまだ余震が続いています。
福島原発の影響もあり、福島からも多くの方々が埼玉にも避難されてきました。
レッズフェスタが例年開催されていた「さいたまスーパーアリーナ」にも、Jヴィレッジのお膝元である「双葉町」の人たちが2000人ほど避難されてきたと新聞報道で知りました。

岩手、宮城の現地までなかなか行くことは出来ないけれど、こちらに避難してきた人たちに何かできることはないだろうか?
毛布、ベンチコート、タオルなどを届けられたら。また炊き出しを手伝うことが出来ないだろうか?

そう思うと居てもたってもいられず、受け入れ先の埼玉県に電話をしましたが、次から次にやってくる人たちの受け入れで手一杯で、状況もつかめていないのが現実とのこと。
炊き出しを行っているJC(青年商工会議所)の知り合いにも電話を入れましたが、まったく同じ答えが返ってきました。

実際に自分で現場を見なければ何をしていいか分からない。
そこですぐに「さいたまスーパーアリーナ」に行ってみると、入り口には県の関係者らしき人とボランティアの人で溢れかえっていました。
中に入ってみると、テレビで見た風景が広がっており、通路に毛布を引いて、所狭しと多くの人たちが肩を寄せ合っていました。
2階、3階、4階、5階と毛布やダンボールを敷き詰めた間を抜けながら進んでみましたが、まさに足の踏む場所もないくらいの人でいっぱいでした。

今、ここで何が出来るのだろうか?

そこで感じたのは、子供たちが何もすることが無く、体を持て余していることでした。
そこで、まずは子供たちがレッズランドまたは大原サッカー場の、芝生の上で体を動かす機会を作れればと考えました。
しかし、いきなり子供を預けてもらうのも難しいのではないかということで、アリーナの前にある「けやき広場」で行うことにし、アリーナでの活動を中心的に動かしている社団法人埼玉県福祉協議会のリーダーの方に相談をしたところ、「ぜひお願いしたい」と言われました。

さっそく案内ポスターとチラシを作成し、翌日(24日)朝7時半にアリーナへ行き、20名のボランティアにお手伝いいただき、コンコース内の掲示板にポスターを貼ったり、チラシを持って一人一人にけやき広場に集まるよう声掛けしてまわりました。

チームも始動日でしたが、練習後に啓太、坪井、堀之内の3人が駆けつけてくれ、ハートフルクラブのコーチ陣と育成のコーチ陣とともに子どもたちをお出迎え。
また、「この様な時には一緒に何かをやろう」と言っていた大宮アルディージャにも声をかけ、選手、普及コーチも駆けつけてくれました。

13時半ごろから少しずつ子供たちが、けやき広場に集まり始め、選手、コーチがボールを蹴り始めると、参加する子供たちも増え始め、いつの間にか2組に分かれてサッカーゲームがスタート。遠巻きに見ている子供たちも次第にその輪に加わりました。

14時、城定コーチの号令で中央に集合し、落合弘ハートフルクラブキャプテンの挨拶で「ハートフルサッカー」が始まりました。
鬼ごっこやじゃんけんゲームで体を動かし、最後は2組に分かれ、ゲームへ。点を入れては大喜びでハイタッチをし合い、点を入れられても「ドンマイ」コールで励まし合い大盛り上がり。子供たちの笑顔と大きな声に釣られて、周りで見ている父兄やアリーナから出てきた人たちも大声で声援し、笑顔を見せていました。

2時間ほどの短い時間ではありましたが、久しぶりに思い切り走り回った子供たちの大声を出して、思いっきり笑って満足しきった顔がたくさん見られました。

また、「こんなに大声を出したり、笑えたのは何日ぶりかしら」と参加した子供の母親から「ありがとうございました」と声をかけられました。
こちらこそ「ありがとうございます」という気持ちでいっぱいでした。

知り合いのJCの方から、関東自動車でバスを2台提供してくれるお話をいただきました。 さあ明日は、この子供たちをレッズランドへ連れて行き、青空の下で緑の芝生の上で思い切り遊ばせてあげようと思います!

[2011.3.24.HT:K]


今出来ること

この度の東北地方太平洋沖地震に関し、被災地ならびに被災された方々に対し、心よりお見舞い申し上げます。

まだまだ余震の続く中、被害が拡大されており心配の続く毎日ですが、私たちに今何が出来るのか。何をしなくてはいけないのか常に考えています。 

そんな中、3月15日鈴木啓太キャプテンをはじめとする選手会から、街頭での募金活動が出来ないか打診がありました。いてもたってもいられない気持ちから自分たちが何を出来るのか、そう思っての気持ちだと思いました。

さっそく浦和駅を訪問し、さいたま市に駆けつけ、浦和区に寄付行為の申請を行い、浦和警察にも道路使用許可をもらいにいきました。

本来なら申請から承認まで3日かかるところ今回の事情を汲んでくれてすぐに稟議をあげて翌日に承認をいただきました。

また伊勢丹浦和店にもご協力をいただき、伊勢丹の営業時間(節電で営業は18時まで)に合わせて実施しようと計画しました。

オフになったばかりで、選手も当初は8人程度の予定だったのですが、キャプテンの啓太が静岡での地震にあい、帰って来れないこともあり、話を伝え聞いた選手たちが、自分も自分もと駆けつけてくれて最終的に15人となり、クラブスタッフ、コーチも駆けつけ選手、クラブ一体になっての募金活動を行いました。

計画停電の関係で伊勢丹も営業時間が大幅に変更になり、14時20分で閉店となり、16時に始めるときは、浦和駅前は閑散としていました。計画停電で駅前も停電となり、信号もついていない中、選手たちの声かけでスタート。早めに帰宅するため駅に向かう人、早めに帰宅してきて駅に降り立った人、募金活動を聞きつけてわざわざ伊勢丹前に来てくれた人。大勢の温かい人たちの善意の寄付行為に、選手もスタッフもただただ感謝の気持ちでいっぱいでした。

クラブもそして選手も、今すぐ何が出来るのか?そう思った時にすぐに行動を起こし、今回に至りました。募金活動はこれで終わりではありません。レッドボルテージやレッズゲート、レッズランドでもこれからも続けていく予定です。また被災地で寒さに震えている人たちに、毛布やベンチコートを送るルートも当たっています。

今何が出来るのか。出来ることから始めていく。まだまだこの状況は続くとおもいますが、小さなことでも少しでも力になれることを考えて、これからやっていきたいと思います。  

[2011.3.17.HT:K]


「開幕前の静けさ」

いよいよ2011シーズンのJリーグが開幕する。

わがREDSは明後日の日曜日アウェイで神戸戦をスタートさせる。

そして3月12日に宿敵G大阪を迎えて、ホームスタジアムでの開幕戦となる。

2003年ナビスコカップ優勝、2004年Jリーグセカンドステージ優勝、2005年天皇杯優勝、2006年Jリーグ初優勝とこの時代は浦和の街が「URAWAの街=REDS」というくらい活気付いた。街も人の心も真っ赤に染まった年だった。

街を歩く人々、買い物帰りの主婦達、皆一様にサッカーそしてREDSの話題で持ちきりだった。

Jリーグ開幕の3月は春を告げるより、サッカーの季節が来た、という雰囲気であった。

しかしどうだろう?明日からJが始まるというのに、メディアもあまり大きく扱わないせいもあるが、不思議なまでの静けさ。

昨年ワールドカップで盛り上がった、あのウェイブはどうしたのだろう。

サッカータウン浦和もいま一つ盛り上がらない。

もちろん昨今のクラブの成績も多分に影響していると思う。

ここ数年前から気になって仕方ない、街の風景。

街路灯に掲げられている、まちまちのバナーフラッグ、破れたもの、取れかかったもの、色褪せたもの、行政が作っているものなので、なかなか我々がさわれない部分もあり、何とかしたいとずっと思っていた。

昨年からフロントのスタッフ全員でポスターを持って、商店会を回らせてもらい、ショーウィンドーに貼ってもらい、今年も新しいポスターを持って全員で街に出た。駅にも大型のポスターを貼ってもらい、少しづつ街を赤く染める活動を行っている。

そして初めてさいたま市の協力のもと浦和区とコラボレーションして街路灯バナーフラッグを作成し、街に取り付け始めた。まだ大きな通りはこれからの設置の予定だが、ホーム開幕には間に合わせてくれるだろう。今後、浦和区を中心に南区、中央区、緑区、桜区へと広がっていくことを期待している。

そしてもう一つ、レディアのインフォメーションボードも作成し、各区役所玄関、レッズスクエア(北浦和)、コルソ(浦和)、イオン(浦和美園)等に置いて、今週の試合情報などをお知らせしていきたいと思う。ぜひ街で見かけたら、サッカーの話、REDSの話題で盛り上がり、スタジアムへ行って応援しようと思ってください。

これからも、「浦和の街も人の心も真っ赤に染める」活動を推進していきます。

[2011.3.4.HT:K]